ボクたちの選択 33


ソラ先生も『星人』。

その事実に、圭介の頭が今度こそ真っ白になった。
そんな圭介に、美智子は珍しく柔和な視線を向ける。
普段、皮肉や苦笑じみた笑みしかほとんど見たことの無い圭介には、その笑みが、なぜか母、涼子と重なって見えた。
「なあ、山中……いや、圭介。お前、一度だって考えた事無いのか?
 あれだけ映画やテレビに出てる母親なのに、テレビや雑誌、新聞のレポーターや記者とかが、
 なぜ今まで一度もお前のとこに来なかったのか」
美智子は語る。
それは、圭介が考えようともしなかった事だった。
考える事を、頭が拒否していた事だった。

「小学2年生の時に、お前は初めて『星人』の因子の発現を経験した。
 でも、『星人』の因子が発現したからといって、お前は『星人』の力に完全に目覚めたわけじゃなかった。
 このままでは、お前はいずれ『星人』の力を狙う者達のターゲットとなってしまうかもしれない…私達は、そう考えた。
 まあ、今だって、『星人』独自の…地球人とは違う特別な力がある訳でもないし、
 『星人』として私達が共有するネットワークへのアクセス権を全て手に入れたわけでもないけどな」
「『星人』を狙う…??」
「当然だろう?自分達より遥かに進んだテクノロジーを持つ者を、この惑星でまがりなりにも『力』を持つ者達が放っておくはずが無い。
 かつて涼子さんは自分の同朋を探すため、この惑星の文明圏に、私達『星人』にしかわからないメッセージを送った。
 主にマスメディアを使い、映像を媒体としてネットワークを利用し、さらに、我々の因子を持つ者達を媒介して、
 この惑星(ほし)に散らばる同胞達に向けて。
 彼らは涼子さんのメッセージを受け取り、彼女の元に集まった。
 そしてその時初めて、今まで数百年間沈黙を守り、歴史の影に身を潜め、それぞれがそれぞれの方法で自分の身を守ってきた
 『星人』達が、互いに協力して身を護るためのコミュニティを作り出したんだ」
「コミュニティ……」
「圭介。お前は小さい時、何度も彼等に会っているはずだ」
たまにふらっと家にやってきて、圭介にたくさんの御土産をくれたけれど、いつもヘンな歌を唄ったり
父や母と一晩中宴会していたりした、奇妙な格好の人達を記憶の底に見つけた。
「あのヘンな人達……か」
ぼそりと圭介が言うと、美智子はなんともいえない顔をして唇を歪めた。
「……彼等の前でそういう事は口にするなよ?悲しむからな。
 彼らは主にテレビ局員や芸能関係者を装い、涼子さんの友人として、幼かったお前を護るため
 わざわざ危険を冒して日本までやってきたんだ。
 そして因子の安定状態を確認し、不安定だった能力を封印して普通の地球人として暮らせるようにしてくれた。
 ンな事言ったらバチが当たる」
圭介は、小さい頃に見た彼等の顔を思い出そうとした。
でも、出来なかった。
彼らが歌ったヘンな歌や、夜通し聞こえてきた宴会のどんちゃん騒ぎだけは覚えているのに。
『そうか…あれはただ宴会しにきただけじゃなかったのか…』
記憶がおぼろげなのは、小さかったから…というだけではなく、能力と共に記憶まで封印されたからなのかもしれない。
圭介はそう思った。
もしかしたらその時、自分の母親や自分の境遇について疑問を抱いたり、不信感を抱いたりしないようになにかされたのだろうか……。
圭介はすこし不安になり、けれど顔には出さないようにして美智子の話の続きを聞いた。

「私達『星人』は、自分の姿形を自由に変える事が出来る。でもそれは万能じゃない。
 一度変化させれば2・3日は休息が必要だし、代謝機能も落ちてしまう。
 力も格段に弱って、私達を狙う者達の目にも留まりやすくなってしまう」
「そうまでして…なんでオレなんかのために…」
圭介の言葉に、美智子は背もたれに委ねていた身を起こして正面から彼を見た。
あの日見た、母の吸い込まれそうな瞳と同じ力を、圭介は美智子に感じた。
「子供を護るのは親の義務だ。
 子供を護るのは種の責任だ。
 だから私達『星人』は、お前を全力で護る。
 言っておくが、『星人』にとって地球人の常識や法律や慣習や宗教や、その他もろもろの“お前を縛る全て”など、紙屑同然だ。
 そんなものは鼻をかんで丸めてゴミ箱に3メートル先から投げ入れてやる。
 それを拒む事は出来ないし、する権利を与えた覚えは無い。
 私達はお前を護るためなら命を奪う以外の事は何でもやる。
 それを覚えておくといい。
 その上でお前が地球人として、地球人の常識や法律や慣習や宗教や、その他もろもろのお前を縛る全てに
 準じるというのであれば、私達はそれを止めはしない。
 それはお前の生き方であり、それはお前の人生だからだ。
 自分で物事の分別がつき、自分で道を選ぶことの出来る年齢になった以上、それはお前の当然の権利だからだ。
 私達は、お前を“私達の自由に”したいわけじゃないんだ。
 “私達の愛するお前を”自由にしておきたいんだ。
 重ねて言うが、お前を護るのは私達がそうしたいから、そうすべきだと思うからしていることで、
 それに対してお前に感謝して欲しいとか、ああしてほしいこうしてほしいあれはだめだこれはだめだなんて、強いるつもりも全く無い。
 そして私達は、お前の肉体が安定している間のプライバシーは尊重している。
 その点は安心していい。
 こうして詳細なレポートが存在しているのは、お前の肉体が不安定な間だけだ」


言葉も無かった。

正直、衝撃だった。
自分は、あの小学2年生の5月からずっと…いや、ひょっとしたらその前からずっと、彼等『星人』の監視下にあったのだ。
『監視下……いや、ちがう…』
見守られてきたのだ。
ただ、圭介が生きたいように生きてゆくために。
毎日ずっとどこかで誰かが見ている。
見られている。

普通なら、それは恐怖だ。

不気味な行為であり、不快この上ないものに違いない。
普通の神経の持ち主なら、ノイローゼに陥って発狂してしまうかもしれない。
けれど圭介は、どうしてなのかわからない。
ただ、胸があたたかくなった。
自分を気にかけ、全てを投げうって自分を護ろうとしてくれている者達がいる。
その事実が、涙が出そうなほど、胸を熱くした。
圭介がそれを美智子に伝えると、
「それは、お前のナーシャスが『星人』のネットワークにアクセスしているからだ」
と言った。
「ナーシャス?」
「この星にその語彙は無い。発音も出来ないから、一番近い音を組み合わせてみた。地球風に言えば、『深きもの』だ」
「ふかきもの?」
「お前の精神の奥底にある、お前を形作る意識の最も基本となる部分だと思えば良い。
『星人』は、それが無意識下で干渉・反応し合い、一つの精神世界を形作る」
「……………集合意識……とか言うヤツ?」
圭介は、SF好きのクラスメイトから聞きかじった単語を口にしてみた。
どちらかというと心理学に属する言葉なのだけれど、最近見たSF映画のテーマに、そういうものがあったらしい。

「それは正しくもあるが、正しくも無い」

………よけいわからなくなった。


『星人』の因子が発現し、理解力が飛躍的に増したはずなのだけれど、ぜんぜん意味がわからなかった。
「難しいか?」
「……うん」
「素直だな。けどそれでいい。追々わかる時が来る」
美智子の目が、きゅっと細くなり、それはまるで子猫か子犬を見る時の、由香の目に良く似ていた。
その視線に何かむずむずするものを感じ、圭介はもぞもぞと椅子の上で座りの悪い感じを味わっていたが、
やがて一つの疑問が浮かび上がってきた。
「あ、でもさ、もしそんなふうに心の奥で他の『星人』と繋がってるなら、
 母さんがわざわざメッセージを送る必要なんて、なかったんじゃないの?」
「いい質問だ」
机の引出しから御褒美の飴玉でも取り出しそうな顔で、美智子が微笑んだ。
「確かに、コミュニティが形成されネットワークが確立された今では、メッセージは特に必要じゃない。
 でも、あの当時は確かにそれが必要だったんだ。
 理由は様々だが、一つ言えるのは、皆に呼びかけ、集め、コミュニティを形成し、さらにネットワークを確立させることは、
 涼子さんしか行うことが出来なかった…という事だ。
 でなければ、数百年も待たずに『星人』はとっくの昔にネットワークを復活させていた。
 涼子さんがいなければ、私達は今頃この辺境の星で、自分の存在した意味すら無くして朽ちていただろう」

「……母さんって、そんなにすごい……の?」
圭介はあの、
超過保護で、
子離れ出来ない、
若くて歳の離れた姉だと言われた方がよほどしっくりくる、
「ほにゃにゃ〜ん」とした笑顔の、
料理があまり上手ではない、
いまだに父とラブラブな、
頼りなさそうで実は頼れそうにも感じなくもないかな?と疑問系な母を思い浮かべて、眉根に深く皺を刻んだ。
「お、もうすぐ4時間目のチャイムが鳴るぞ」
むむむむむ…と腕を組んで首を傾げていた圭介に、美智子が壁の時計を顎で指し示した。
「え?あ、やべっ…」
「もう質問は無いか?なんなら昼休みにまた来てもいいぞ?」
「えっと、あ、そうだ、あ〜〜〜あのさ、結局最初の質問に答えてない気がするんだけど…」
「最初の質問?」
「ソラ先生が、いつからオレの事、知ってたのか…って」
「…圭介、お前、人の話ちゃんと聞いてたか?」
「………聞いてましたよ」
「私は涼子さんのメッセージを受けて、最初にあの方の元へ集まった『星人』の一人だ。
 それ以後、私はずっとお前の事を見てきたんだぞ?」
「へ?」
「私だけじゃない。最初に集まった3人の『星人』は、そのままこの島国に留まり、お前と、お前の家族を護り続けてきた。
 お前がこの街に引っ越してきたのは、偶然じゃない。この街は、お前のために用意されたものなんだ。
 お前がここじゃない高校を受験していたら、きっと私はその高校に潜り込んでいただろうな」
「そんな…だってそんな簡単に…」
チャイムが鳴った。
保健室に通じるドアから、控えめなノックが響く。
授業に遅れることを心配して、焦れている由香に違いない。
「言っただろう?『星人』にとって地球人の常識や法律なんてのは、無いのと同じだって」
そう言うと、美智子は立ち上がりながら圭介にバチッとウィンクをしてみせる。
意外に長い睫のおかげで、そのウィンクはすごく、決まっていた。
「ついでに言えば、テレビや雑誌や新聞の連中が来ないのは、涼子さんが名前を変え、女優で在り続けているからだ。
 メッセージは星人に向けたものから、地球人の無意識下に働きかけるものへと変化して、毎日文明圏へと送られ続けている」
それはウソだ。
圭介は思った。
メッセージ云々の話ではない。
母が、女優で在り続けていることだ。
一人の女性が、何十年も変わらず女優で在り続けられるわけがない。
記憶の中の母は、物心ついた頃からずっと今と同じくらい若々しかった。
そんなにも長い間、変わらぬ美貌のままの女優を、怪しまない人間がいるだろうか。
「本当に不可能だと思うか?」
圭介の肩をかるく押しながら、美智子は圭介の心を読んだかのように、ニヤリと意味深な笑みを浮かべる。
それはいつもの、どこか人を食ったような笑みだった。



圭介と由香が保健室から出ていった後、美智子は生徒相談室から出てきた一人の人物を見た。
その人物は、『ここにいながらここにいなかった者』だった。
圭介が気付かなかったのではなく、圭介の認識域の“外”に身を置く事で、
彼の側にいながら彼の意識内には“いなかったことになっていた”のだ。
「これで、良かったですか?〜〜〜さま」
言葉の一部が不明瞭な音となり、言葉を成さない。
無理矢理声帯を使った…という感じだ。
「うん。上出来。もうちょっとわかりやすい言い方だと、もっと良かったかな?」
「カンベンして下さい。私、こういうのって苦手なんですよ」
「美智子ちゃんなら適任だと思ったから頼んだのよ?あの子ったら、私が相手だと身構えちゃいそうなんだもん」
「………美智子ちゃんはやめてください。涼子さま」
げんなりした顔で美智子がそう言うと、見るからに重たそうな胸を揺らして、世界で一番高齢で、一番若々しく、
一番ワガママで一番過保護の母親は“んふっ”と満足そうに笑った。


「あ」
教室へ急ぐ圭介は、不意に声を上げて立ち止まった。
「どうしたの?けーちゃん」
「……胸、見てもらうの忘れた…」
「…………見てもらったんじゃないの?」
「……あ、…いや………いいんだ」
訝しげに見る由香に曖昧に笑って、圭介は再び廊下を早足で教室に向かい始めた。




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