ボクたちの選択 36


場合によっては女のまま受胎するかもしれないけれど、男に戻る可能性だって、あるのだという。

美智子は言う。


重要なのは『星人』の遺伝形質が、この星の現住生物である人間と自然状態で子孫に遺せるか…ってこと。
『星人』のテクノロジーを使えば簡単だけど、それじゃあ意味は無いんだ。
男とイッパツやって、男の精液を膣内で感知した時、お前の肉体が強烈なストレスを感じるようであれば、
たぶん女から男に戻れるかもしれない。
女として子孫を残すより、男としてよりストレスの無い方法で子孫を残す選択肢の方が、
ストレス無く良質な状態で“子”を成す事が出来るなら、それに越した事は無いからな。
男は自分の子孫をより多く残すために相手と心が通い合わずとも性交出来るのに対し、
女は、より質のいい子孫を残すために相手を吟味しないと行動に移れない。
より最良の方法で上質な遺伝を成し得るのは、「数打ちゃ当たる」か「厳選方式」か。
もっとも、男に体を自由にされる女が、女の体を自由にする男よりストレスを感じるとは、必ずしも言えないからな。
ひょっとしたらお前の体は、女のまま子孫を残す事を選ぶかもしれない。
それでも良ければ、試してみるといい。
私達も期待してる。
お前が、私達の“命”を地球の者の命を結び付けるその時を。
なんたってお前は、私達の希望の星なんだから。


話し終えた美智子は、席を立って保健室のテーブルの上の急須に、ポットからお湯を注いだ。
「飲む?」とジェスチェアで湯飲みを示してみせるが、圭介は呆然としたまま気がつかなかった。
「ショックがデカすぎたか?」
圭介が男に戻るには、健司と物理的にも精神的にも遠く離れ、その上で他の女性に恋しなければならない。
それが出来ないのであれば、誰でもいいから男と寝て、中出ししてもらって、
精液を膣内で感じた時に強烈なストレス感知を期待するしかない。
それは、今の彼にとって苦渋の選択……いや、きっと血を吐くような決断を強いているに違いなかった。
「そんなに…」
「ん?」
不意に口を開いた圭介に、湯飲みへお茶を注いでいた美智子の手が止まる。
「そんなにオレが大事なら、なんであの時、他の医師にまかせようと思った?」
「あの時?」
「オレが倒れた日の昼、ここで目覚めた時」
「ああ………そうだっけ?」
「あの時、由香に言ったんでしょ?オレの目が覚めて、それでも気分が悪かったらちゃんとした医者に見せろって」
「けど、行かなかっただろ?」
「それは結果論で…」
「まあ、ホントに病院行かれても、ここ(地球)のケチな設備でなんかわかるほど、私達のテクノロジーはやっすいモンじゃないからねぇ。
それにあの時点では、お前の体は間違いなく男だったわけだし」
「で、でも、そのまま病院に入院とかしたら、まずかったんじゃないですか?もし病院で変化とかしたら」
「その前に手ぇ回して、家に連れ帰ってただろうさ。お前のオヤジならね。
 もっとも、そんな事しなくてもこの街の病院は私達のコミュニティの息がかかっているからヘーキ。
 小学2年生の時、お前のオヤジはここの病院にお前を移したんだよ?覚えてないのか?」
…覚えてなかった。
けれど、街一つ、まるまる圭介のためだけに用意してしまう『星人』達の事だ。
ウソとは思えなかった。
「ま、それはそれとして、これから自分がどうするか、よーく考えるこった」
圭介は黙って、湯飲みを差し出した美智子を見上げた。
「で、なんだっけ?もう一つ用があったんじゃないのか?」
「あ…うん…」
圭介の視線が、自分の胸に落ちる。
ほっそりとした体には全く不釣合いな、“どかん”とヴォリューム満点の乳房に、美智子の顔が悪戯小僧のような笑みを浮かべる。
「胸……か。まあいい。痛いか?」
「まだ、少し…」
「…とりあえず見てみるか」
保健室の窓のカーテンを引き、ドアには鍵をかける。
そうしてから美智子は、椅子を引き寄せて圭介のすぐ正面に座った。
彼女の吐息を感じるくらいに近い距離だ。
ちょうど、医師が患者の具合を診る時の距離と同じだった。
「脱いでみ」
「…ぜ、ぜんぶ?」
「全部脱ぐ必要は無いよ。前だけ捲り上げればいい」
一瞬、圭介は躊躇したけれど、すぐに、覚悟を決めて紐タイを外し、ブラウスのボタンを一つ一つ外してゆく。
そしてブラウスの前を開くと、2枚重ねで着込んでいたTシャツを一度に捲り上げた。
カーテンに遮られた淡い陽光の中に、真っ白で乳首だけが綺麗な赤の、豊か過ぎるほど豊かな乳房が“ぶるんっ”とまろび出る。
「巨乳」とか「爆乳」とか、『異常です』という差別的語彙を変容させただけの形容名詞(?)が、ぴったりくるような乳房だった。
「でかっ!!なんだこりゃ!?バケモンかオマエは」
「ひ…ひでぇ…そこまで言う?!」
まるでいきなり凶器でも突きつけられたかのように、ぎょっとしてのけぞった美智子へ、圭介は今にも泣きそうな顔を見せた。
「しっかし…こんなちっちゃい体に、よくもこんなにでっかいもんが実ったなぁ…」
「実ったってゆーな」
ぶーたれる圭介は、すっかり涙目だ。
『バケモン』と言われたのがよほどショックだったらしい。

「あの…けーちゃん…?」
その時、控えめなノックと共に由香の声が聞こえた。
ためらう圭介に構わず美智子がドアに近づき、あっさりと鍵を開ける。
「…あ…えっと……お取り込み中…??」
保健室に入ってきた由香は、ブラウスの前をはだけ、Tシャツを捲り上げて椅子に座っている圭介を見て目を丸くした。
両手で乳首を隠しているため、ただでさえ豊かな乳房が押されて、さらに豊かに見える。
カーテンが引かれているために淡い光となった陽光が、白い肌に優しい陰影を落とし、ちょっと幻想的にさえ見えた。
……雑誌のグラビアみたいだった。
しかも、ちょっと芸術寄りの。
「けーちゃん…きれい…」
「ばか、早く入ってドア閉めろよ」
苦笑する美智子が由香のために椅子をもう一つ用意するのを見ながら、圭介は少し恥ずかしそうに言った。
「あ、うん」
「あれ?もう昼休みって終わる?」
「ううん。そうじゃないけど、ちょっと気になっちゃって……」
ほにゃっと笑みを浮かべる由香に、美智子が椅子を示す。
キャスター付きの椅子は2つしか無いので、由香にはパイプ椅子だ。
由香はその椅子を圭介の側まで引き寄せて、彼の胸を見ながら腰を下ろした。
「あ。体育の前に見た時より、良くなってるね」
「まあなぁ…さすがに、あの斑(まだら)が残んなくてホッとしたよ」
さっきまで美智子と話していた事はキッパリと忘れ、今は由香に話を合わせなければ…と圭介は思った。
まだ、彼女に自分が普通の人間ではないのだとは知られたく無かったからだ。
「んじゃ、改めて見せてみ」
「……ん」
美智子が椅子に座ると、圭介は乳房から両手を離した。
由香にはトイレで一度全部見せているし、美智子にも見られている。
今さら恥ずかしがる事でも無いから、2人の目前に晒(さら)してしまう事にさほど抵抗は無かった。
ぷくぷくしたほっぺたがほんのり赤いのは、たぶん気のせいだ。
「…っ……」
“ゆさり”と重たげに揺れる乳房を見て、由香が、さっきとは違う意味で息を飲んだ。
“ぷるっ”でも“たぷっ”でもなく“ゆさり”である。
実に重そうだ。
「……けーちゃん………エロい」
「エロ……」
『バケモン』の次は『エロ』ときた。
………もし健司に見せたら、なんて言うだろうか?
『いや、見せるなんてありえねーし』
途端に顔が火照ってくるのを無理矢理鎮め、圭介は、指を伸ばして乳房を突付こうとした由香の右手を、“ぺちっ”と叩いた。
「ほら、じっとしてろ」
由香と圭介の静かな攻防に苦笑しながら、美智子は彼の椅子を掴んで自分の正面に向かせる。
圭介はTシャツが下がってこないように両手でたくし上げているけれど、そんな心配は全く無用だろう。
彼の首はほっそりとして、ちょっと短い。
背が低いのでことさらにそう見えるのかもしれないけれど、首筋と鎖骨の描く線は、ひどく幼い感じがした。
その鎖骨から薄い胸板へとなだらかな稜線が走り、そこからみっちりと重たく盛り上がった白い乳房へ、急激にカーブを描いている。
半球を描く「お椀型」と、釣鐘(つりがね)状に前方へ突出した「紡錘(ぼうすい)型」の中間くらいの、きれいなカタチだった。
「こりゃ、どっからどー見てもカンペキにおっぱいだな」
「そんなのは見ればわかるってば」
「ちょっといいか?」
圭介の返事を待たず、美智子は両手で圭介の乳房を両手で下から掬い上げるようにして持ち上げた。
「んっ」
ぴくっと圭介の肩が震える。
美智子の手が、思ったよりもずっとひんやりと冷たかったのだ。
乳房は、主に乳腺と脂肪のカタマリだ。
だから、圭介のように体格と不釣合いな重さだと、いくら肌が若々しくてもどうしても少し下垂してしまう。
けれど、彼(彼女)の乳房は歳を取って“だらん”とだらしなく垂れているわけではないので、持ち上げる…というより、
下から手を添えて押し上げるといった形になった。
「それにしてもでけー…。しかもイイカタチしてやがんなぁ…ええいチクショウ」
「なんですかチクショウって…」
生殖機能が無く、外部生殖器も実質的には『飾り』でしかない美智子にとって、乳房は邪魔なものでしかなかった。
少なくとも19年前までは。
だからこういう体にしたのだし、それで特に不都合も不満も無かったはずだ。
…はずだったのだけれど。
『私もかなり毒されてんなぁ…』
もにもにと圭介の乳房を触診しながら、美智子は心の中で苦笑した。

乳房が「女性」や「母性」の象徴であり、「豊かさ」「慈愛」のシンボルだというのは、
地球の文化を知る事で美智子にも理解出来た。
男性が強烈なセックスアピールを感じる事も、理解出来る。
豊かな胸は、かつて人間が獣(猿)だった頃、主に後背位(バック)で性交していた頃の名残だろうと
言われている事からも、それはわかる。
直立する事で、発情時に肥大する豊かな尻肉を露出する機会が失われ、その代わりに乳房が膨らんで、
性交可能であることを雄に報せるのだという。
生殖能力が無く、“子”を成すことの出来ないからこそ、美智子は数年前から時々、自分にも豊満な乳房が欲しいと思うようになっていた。
もちろんその気になれば、美智子はすぐにでも豊満な乳房を胸に盛り上がらせる事が出来るけれど、
この学校にいる限り、それは『できるけれどしてはいけないこと』だった。
いきなり体型を変えて、生徒の注目を浴びたりするのは得策ではないからだ。
圭介が肉体変化を起こしてすぐ保険医の肉体も変化すれば、その間になんらかの因果関係を感じる者も必ず出て来るだろう。
『出来れば…記憶操作はしたくないからな…』
人間の脳のシナプシス反応を操作して、一定時間内の記憶を消去したり改竄(かいざん)したりする事は、
『星人』の技術をもってすれば不可能ではない。
けれど、それをこの惑星の住人に行うには、絶えず危険が伴う。
シナプシスの化学反応による電気信号伝達で形成されたネットワークは、炭素系生物では珍しいものではない。
けれど、この惑星の記憶構造は、他の惑星人に比べてひどく脆弱であり、微細な調整が難しいのだ。
だからこそ、記憶操作は極力せず、もししなければならない事があっても、最小限の改変に留める事が決められていた。
これは全て、この星の人間を愛するゆえの、涼子の決めた不文律(ふぶんりつ)なのだ。




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