シュークリームを二つ


早朝にムーンペタを出発し、兵士の残した地図にそって目的地に向かい南下する。
マンドリルやリザードフライの群れはリトルの魔法が援護する形になり、大分戦闘も楽になってきていた。
「しかし、ハエの群れに猿の群れ……たまんねぇよな」
「そうだね。こうも続くとさすがに辛いや」
岩場の二人して凭れて、空を仰ぐ。
痺れた腕を伸ばして、前を見つめるのはレイ。
その腕の傷に治癒魔法をかけながら風に髪をそよがせるのはリトル。
大人びた子供が二人。
「なぁ、死ぬ間際って何を思うんだろうな」
「何だろうね。色々言われてるけど……結局その瞬間になってみなければ分からないんだろうね」
くたくたになった身体を投げ出して、いっそこの過酷な現実から逃げ出してしまいたい。
これが夢ならば……仮想を立てても現実の前では塵になってしまう。
「レイ」
頬に走る傷に触れる指先。
「どんなことがあっても、君は生き残って。直系のロトの血を持つのは、君だけだから」
サマルトリアも、ムーンブルクもロトの末裔ではあるが直系には当たらない。
ローレシアだけが純血のロトの子孫なのだ。
「何……言ってんだよ」
「死ぬ瞬間、何を考えるって言ったからだよ。ボクは……多分君が生き残る方法を考えて、自分の選択肢が正しかったことを信じる。
 そして……良かったって思う」
「……………………」
「この先、誰も傷つかないことなんて無いんだ。戦うって、そういうことだから」
たった二つしか違わないはずなのに、その翠の瞳はずっと先のことを見つめていた。
当たり前に与えられるはずだった未来。
その未来は、今は確約されたものではないのだから。
自分よりもずっと重い覚悟を背負って旅立った彼女。
銀の鍵は運の良さだけでは手にすることなんて出来ないのだから。
魔力を帯びたものを手にするには、それ相応の術師としての力が求められる。
鍵が、彼女を所有者として認めたからこそここにあるのだ。
「立派な王様になれるよ。お前なら」
「なれることなら、なりたいよ。でも……」
ため息は風に溶けて。
「ボクは、王様にはなれないんだ」
「………………………」
「神官になろうと思う。この旅が終わったら」
その後に「無事に生きて、気が変わらなかったら」と付け加えて笑った。
王位は妹が継ぎ、娘婿が時期サマルトリアの国王となる。
正当な継承者であっても、その立場を捨てなければならないのだ。
「でもね、結構楽しいよ。城からずっと出たかったからね」
籠の中の鳥の、束の間の休息。
鳥はただ綺麗なだけでは価値が無い。
その声、色、羽根の形。
同じように、ただ王位継承者だからとは言えない立場。
「もし、君も妹も互いを思う気持ちがるのならば」
目線は自分よりも、遥か彼方。
「サマルトリアの独立を保ったままであるならば、一緒になるのも悪くは無いと思うよ。ただ、泣かせたら承知しないけど」
「俺は、ガキには興味ないんだよ」
のろのろろと体を起こして進み行く。真実を映す鏡を手にしないことにはどうにもならないのだ。
この旅は、自分たちに何を与え、何を奪うのだろう。
今出来ることはそう―――――――前に進むことだけなのだから。


ムーンブルクの東、以前はルビスを祭る祭壇があった場所。
そこに広がる沼地の中にどうやら件のものはあるらしい。
絡まる腐水を払いながら、必死に探し回る。
「……これ……かな……?」
出てきたのは銀細工で縁取られた、流麗な一枚の鏡。
鏡面は汚れていて何も映せないが、裏にはしっかりとムーンブルクの刻印とロトの紋章が刻まれていた。
草原に座って、該当でその表面を丹念に拭き取っていく。
次第に光を帯びて、鏡は本来の美しい姿にと戻った。
「どれ……ってただの鏡だな」
「そう?」
レイの声につられて、リトルも鏡を覗きこむ。
「……え……?どういうことだ?」
「何……これ…………」
確かに二人の姿を、ラーの鏡は写し取った。
健康的な少年と、そしてその隣に並ぶのは―――――端正な顔立ちの少年だった。
王子として育てられてた着たものの、リトルの体は『女』であって『男』ではない。
それでも、真実を映すというラーの鏡は彼女を彼として映し出したのだ。
「兎も角、面倒なことは後で考える。ムーンペタ戻ろうぜ」
「そうだね。何だか頭痛くなってきたよ」
こめかみの辺りを指で押さえて、リトルは二度ばかり頭を振った。
まだ、騒動はほんの始まりに過ぎないということにまだ誰も気付かずに。


ムーンペタに戻ったものの、アスリアの行方は知れないままだった。
手がかりはこのラーの鏡だけ。
「どうしようか」
「まぁ、原始的だけど……」
レイは鏡を取り出して、そちらこちらを映し出す。
「数撃ちゃ、当たるだろ?」
考えすぎてしまうリトルと、己の直感を信じるレイ。
相反するから、おそらく一緒に居られるのだろうとリトルは考えた。
「!!!」
鏡面が光り、一匹の白い犬を映し出す。
その姿はゆっくりと一人の青年の姿を映し出していく。
「うわっ!?」
ばきん!と一筋の罅が走り、鏡は風化するように崩れていった。
「ようやく元に戻れたぜ。世話、掛けたな」
すらりとした長身の青年。纏ったローブにはムーンブルクの紋章。
「私の名前はアスリア。ムーンブルク第一皇女だった。数年前まではな」
濃紫の髪と、石榴の瞳。自信有り気な口元と、知性的な佇まい。
「待て。皇女ってお前……オカマか?」
「馬鹿言え、お前脳みそまで筋肉か?」
アスリアは横目でレイを一瞥して、そっとリトルの肩を抱いた。
「ま、立ち話もどうにもならねぇ。ちょっと移動しようぜ」
夜の帳も下り始め、酒場にも明かりがつき始める。
酒でも引っ掛けなければ聞けないだろう話に、二人はアスリアの後についていった。

「まずは、この始まりから話さなきゃなんねぇな」
口元の泡を拳で拭って、アスリアは天を仰ぐ。
「始まりは……ま、ハーゴン軍の侵攻からだな」
さかのぼること十六年前。大神官と名乗るハーゴンは、眠っていた魔物を率いて地上への侵攻を始めた。
勇者ロトの竜王討伐から百年後のことである。
手始めに精霊ルビスを封印し、各所に散らばるロトの残留思念を消し去るためにハーゴンは屈力していた。
始めにそれに気付いたのは、魔法国家ムーンブルクの先代。つまりはアスリアの父親に当たる。
当時四歳だったアスリアに王は、魔法文明を駆使して一つの呪いをかけた。
王女として育てられてきたアスリアを男性化させ、王子として育て上げる。
同じようにムーンブルクと連盟を組んでいたサマルトリアでも同様のことが行われた。
まだ、一歳に満たないリトルを女性化させて、それでも敢えて王子として育て上げると。
当時、ローレシアと他二国は一触即発の状態にあった。
武力では圧倒的なローレシアに対して、サマルトリアとムーンブルクは王位継承者同士で婚姻を結ぶことで牽制しようとしたのだ。
ハーゴン軍侵攻のごたごたに乗じて、アスリアはあたかも初めから王子であったかのように伝えられる。
王位継承者が三人とも男であれば、おいそれとローレシア王も動くことはでき無いからだ。
「親父……どこまでアホなんだよ……」
「そのアホの血をしっかり引いてんのは、お前だ。お前」
二杯目に口をつけて、アスリアはリトルの方をみる。
「ま、そういうこった。仲良くしようぜ。リトル」
「待て、だったらお前が男になったのは納得いくけど、リトルが女になったのは何なんだよ。
 元々男だったんだからそのままでも良かったはずだろ」
「そりゃ、俺とリトルは許婚ですから」
「え!?僕、そんなこと聞いてないよ!!」 「お前が二十歳になるまで言わないってことだったからな。ま、今となっちゃ……ムーンブルク自体が存在してないようなモンだけど」
ハーゴン軍の奇襲により、ムーンブルクは壊滅させられた。
アスリアを逃がすために犬の姿に変え、王は最後の力でラーの鏡を沼地へと転送させたのだ。
「支配欲の強さってのは、どうにもできねぇもんだ。俺も腹括って王子として生きることを選んだ」
くしゃくしゃとアスリアはリトルの頭を撫でる。
「親同士の密約で、辛い思いさせて御免な」
「……………………」
今まで、誰にもかけてもらえた無かった言葉。
押さえつけてきた気持ち。
「ハーゴン、さっさと倒して……いい家庭を築こうな」
「こら待てオカマ。話が飛躍してるぞ」
「だから許婚だって言ってんだろ。こいつには妹も居るし、ムーンブルクに娶っても問題はねぇじゃないか」
にやりと赤い瞳が笑う。
「あ?もしかしてお前も狙ってたか?このマセガキ」
「うるせぇオカマ!!」
「俺を侮辱すんのはリトルにも同じ言葉はいてることになるって分かってんのか?お前」
怪訝そうな顔で、リトルは二人を見る。
「どうでも良いけど、君たちと旅すんの……何か嫌になってきた」
右手をレイ、左手をアスリアがぎゅっと掴む。
「ま、どっちにしてもハーゴン倒さなきゃすすまねぇ。仲良くやろうぜ」
紆余曲折を得て、ようやく揃ったロトの子孫たち。
三者三様に、始祖といわれたロトも恐らく苦笑しているだろう。




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