ボクたちの選択 8


朝に目が覚めてからずっと続いていた母の話が終わると、圭介は11時頃になって、母が沸かしてくれた風呂に入った。
汗臭く、いくら母が世話してくれていたとはいえ、体中がなんだかベトベトして脂っぽくて、擦るだけで真っ黒な垢がボロボロと落ちてくる。
触ると全てのものに匂いと脂が付いてしまいそうで、手摺りも持たずに階段を降りた。
股間がむずむずする。
痒かったので右手で掻いたら、何の手応えも無かった。
いつもなら小さいながらも立派な陰茎と、精巣の入った陰嚢が手に触れるはずだった。
それが、どうしようもなく情けない。
目を瞑って脱衣所のドアを開け、くるりと回れ右をしてからドアを閉めて、深く深く深呼吸した。
右手に鏡。
洗面所の鏡。
腰まで映る、壁面いっぱいの鏡だ。
圭介は、ごくりと唾を飲んで、目を開けた。
自分がいた。
当たり前だ。
けれどそれは、自分じゃ、なかった。
「……なんだこりゃ……」
胸元まで伸びた髪が、ぼさぼさに顔に振りかかり、まるで落ち武者のようだ。
元々細かった体の線がさらに全体的に華奢になって、パジャマは心なしかブカブカだし、
肩なんて健司が掴んだだけで折れてしまいそうだった。
今までは、いくら細いとは言っても、それは男の骨格の範疇でのこと。
けれど今、鏡に映っている人間の骨格は、男のものにはちょっと…見えなかった。
パジャマの上着のシャツを脱ぎ、裸の胸を見下ろした。
ほとんど、いや全く、男だった頃と変わらない。
『やれやれ…』
これでもしおっぱいが母さんみたいに『どーん』となっていたら……もう、笑うしか無かっただろう。
それでも少し膨らんで見えるのは、たぶん気のせいだ。
今決めた。
『問題はこっちだな…』
パジャマのズボンを脱ぐ。
ツンとしたアンモニアの匂いと、蒸れた汗の匂いが鼻についた。
「くせっ…」
思わず顔を背けたけれど、確かめなければならないのは、もっと先だった。
左手でトランクスのゴムを引っ張り、中を見る。
もじゃっとした陰毛があるはずのところは、まるで赤ん坊の肌みたいにツルツルだった。
『…全部抜けたっての…??……』
左の脇の下に手を当ててみる。
腋毛も、きれいに無くなっていた。
『なんだこれ………出来の悪いアニメか漫画みてぇ……』
どこかのロリコン漫画じゃあるまいし、17歳にもなって腋毛も陰毛無い女がどこにいるものか。
そういう体質ならいざ知らず、圭介はそういう毛が生えてきたのは、実は健司よりも早いのだ。
もっとも健司のそれは、圭介よりもずっと濃くて太い毛で出来ていたけれど。
「……はぁ……」
もう笑う気力も無い。
脱力して、無造作に右手をトランクスに突っ込んだ。そして中指で股間を撫でる。
「…っ……」
痛かった。
乾いた指で直接、傷口を撫でたみたいだった。
圭介は、今まで一度も女性のあそこを見た事が無い。
だから、女のソコがどうなっているのか、どんなカタチなのか、まったくわからなかった。
『穴……開いてるんだ…よな…』
保健体育の授業の時、男性器と女性器の断面図とか女性器の略図とかを見たけれど、
ホンモノの、生の、アソコは、圭介の想像の範疇の外にあった。

小さい頃に見た母のアソコはもじゃもじゃした陰毛に隠れてたし、幼稚園の時の水遊びで見た女の子のアソコは、
スジが1本走っているだけだったと思う。
そのお陰で圭介は長い間、女は大人になるにつれて、あのスジの中からもじゃもじゃした毛がたくさん生えてくるものだと
思い込んでいたのだった。
「……あ……なんだ…?」
トランクスの内側にべっとりとついていたものが、指についた。
ねとねととして、なんだかちんちんの先っぽの、皮の隙間に溜まる恥垢に似ている。
顔をしかめながら鼻に近付けると、
「…んっ……」
………やっぱり、臭かった。
「ええいっ」
ささっとトランクスを脱ぎ、浴室に飛び込む。
軽くシャワーのお湯で体を流すと、お湯を張った湯船にゆっくりと身を沈めた。

たっぷりと満たされたお湯は、入浴剤のせいかオレンジ色をしていて、心地良いゆずの香りがする。
圭介はざばざばと顔を洗うと、ふと思い立って右手を再び股間に伸ばした。
「んっ……」
陰茎も、陰嚢も無い。
男性器そのものが、きれいに無くなっていた。
代わりにあったのは、
「…傷口……」
肉が内側から縦に裂けたのではないか?と思わせる、傷口めいた亀裂だった。
恐る恐る指で触れる。ぽってりとした肉の盛り上がりの内側に、くにくにとした薄い肉の襞があった。
『ええと……これが大陰唇…で……これが……っ…ん……小陰唇……かな…?』
むず痒いような、痛いような、ヘンな感覚だった。
「いっ…」
襞のもっと中側に指を入れようとしたけれど、痛くて入らない。
刺激に敏感過ぎるのだろうか。
『ちんちんも、先の赤いところは触るだけで痛いもんな…』
亀裂の先は、ちょっとぷくっとした後、すぐにお尻の穴だった。
『穴……が、あるんだよな……なんか不思議…というか、気持ち悪いな……』
男と違って、女には剥き出しの尿道口と子宮に繋がる膣口があるはずだ。
『…オレにも子宮が出来てんのかな………』
一瞬、お腹が大きくなってよたよた歩いている自分の姿が頭をよぎり、圭介は顔をしかめて再びバシャバシャと顔を洗った。
…と、
「けーちゃーん。あそこもちゃんと洗うのよー?」
若い母が、にこにこしながらバスルームの戸を開けていた。
「かっ…母さん!!なんだよ!覗くなよっ!」
「ちゃんと洗ってる?清潔にしないとダメよ?」
「あ、洗うって、ど、どこを!?」
「やあね、けーちゃんの『オンナノコ』よ」
「『オンナノコ』?」
「うーん…正確に言うと、外陰部、生殖器、おま」
「わーーーーーー!!!!わかった!わかったから!!」
なんてことだ。
あの母には、『羞恥心』というものがこれっぽっちも無いらしい。
尚も何か言おうとする母を睨みつける事で追い出して、圭介はぐったりと湯船の縁に顎を乗せて溜息をついた。


さっきは、『女性仮性半陰陽』ということでなんとか由香と健司に…強引に納得してもらったが、圭介自身、
母にそう言いなさいと言われたから言っただけで、それを本当に信じてもらえるとは、正直…思っていない。
圭介もバカではない。
そしてそれは由香も健司も、そうだ。
風呂から出て、母に髪を切ってもらい、それからパソコンを使ってネットで『仮性半陰陽』の事を調べた。
そして、あそこまで完璧に男だった体が、短期間にここまで女に変化することなど完全に無いと知った。
圭介が寝込んでから、まだ3日間しか、経っていないのだ。
けれど、それでも、そう言わなければならないのが、圭介はひどく苦しかった。
あの2人を、結果的に騙してしまう事になることが。




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